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いもやん
いもやん
カフェ AllRightは、どこか懐かしいような、落ち着くようなゆったりとした空間。

「ロコモコ」がオススメ!

毎週火曜日・毎週金曜日限定販売「マラサダ」もぜひ!

  

【住所】
〒649-6313
和歌山市楠本72-73
  

【TEL】
073-461-5141
  

【営業時間】
7:30am~5:00pm
<モーニング>
7:30am~11:00am
<ランチ>
11:00am~3:00pm
  

【定休日】
毎週日曜日
  
  
グラブ・ミットのことならik_20 
ik_79高スポグラブ工房ik_79
↓ ↓ ↓
  
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【愛踊祭2017】

今年で3回目の挑戦となる、国民的アニメソングカバーコンテスト。
https://idolmatsuri.jp/

『WEB予選(二次審査)』が開始!

※日程 投票期間 6/12(月) ~ 7/2(日) 結果発表 7/7(金)

※ネット投票には、TwitterまたはFacebookのアカウントが必要になります。
※ネット投票は2時間ごと(0時、2時、4時、6時、8時、10時、正午、14時、16時、18時、20時、22時の偶数の時間)に各エリア1票ずつ投票することができます。

SA-Laに投票 https://idolmatsuri.jp/group/sala

Marinaに投票 https://idolmatsuri.jp/group/marina

皆様のご協力よろしくお願いいたします!!

  
  
  
  
毎週火曜日・金曜日
揚げたて Take out 販売!
  
1コ 120円(5コ入り 550円!)
  
【マラサダって何?】
  
ハワイでは定番のおやつとして超有名。
外側はカリッと、内側はふんわりとしている食感が特徴の揚げパンです。
  
元々はポルトガルの伝統家庭菓子で、1800年代ハワイに移民したポルトガル人たちから伝えられました。
それ以来、ハワイのローカルスイーツとして定着しています。
  
マラサダとは、ポルトガル語で「大ざっぱ」を意味します。
おおらかなハワイに受け入れられそうな名前です。
  
当店のマラサダには、中身は入れていません。
生地のふわふわ・もちもち感をお楽しみください。
  
6月 販売予定日ik_20ik_20
  
http://allright.shop/
  
予約受付中ik_20ik_20
  
TEL 073-461-5141(受付時間 午前9時~午後3時まで)
定休日 日曜日
  

2017年06月12日

【愛踊祭2017】

今年で3回目の挑戦となる、国民的アニメソングカバーコンテスト。
https://idolmatsuri.jp/

『WEB予選(二次審査)』が開始!
※日程
投票期間 6/12(月) ~ 7/2(日)
結果発表 7/7(金)
※審査基準
パフォーマンス(歌唱・ダンス)、オリジナリティ、将来性
※審査対象
課題曲のパフォーマンス動画
※審査方法
1.ネット投票ポイント
2.審査員による評価ポイント
⇒1+2のポイントを合計した総合審査となります。

今年は、2017年3月にSA-Laを卒業した「Marina」もSA-La Projectのメンバーとして参戦!

いよいよ投票が開始されました!
WEB予選は下記4つの要素で行われます。

1. ネット投票(Twitter)ポイント

愛踊祭WEBサイト上で行われているネット投票の得票数をエリア毎にランキングします。
この順位をもとに20位までポイントを付与します。
ネット投票には、Twitterのアカウントでログインが必要になります。

2. ネット投票(Facebook)ポイント

愛踊祭WEBサイト上で行われているネット投票の得票数をエリア毎にランキングします。
この順位をもとに20位までポイントを付与します。
ネット投票には、Facebookのアカウントでログインが必要になります。

3. チームワークポイント

スマホゲーム「黒騎士と白の魔王」を舞台に、チームアンバサダーレベルを競います。アイドルとファンの皆さんで協力して黒騎士アンバサダー登録を行いチームアンバサダーレベルをあげてください。チームアンバサダーレベルの順位をもとに20位までポイントを付与します。

※ネット投票に関して

■ネット投票の仕組み

ネット投票には、TwitterまたはFacebookのアカウントが必要になります。 ネット投票は2時間ごと(0時、2時、4時、6時、8時、10時、正午、14時、16時、18時、20時、22時の偶数の時間)に各エリア1票ずつ投票することができます。

SA-Laに投票
https://idolmatsuri.jp/group/sala

Marinaに投票
https://idolmatsuri.jp/group/marina

皆様のご協力よろしくお願いいたします!!

  


Posted by いもやん at 20:53Comments(0)

2017年06月08日

冷蔵庫のニオイ、根こそぎ取る方法がある!

たくさんの食品が集まる冷蔵庫は、ニオイがこもりやすい場所です。

冷蔵庫内の気になるニオイを根本から解決するには、まず冷蔵庫内に溜まった食べ物のかすや、こぼれた食品の汁などを取り除くことが重要です。

効果的な拭き掃除の方法と消臭方法をご紹介します。


○ニオイの原因は食品

冷蔵庫の中には、開封済みの食品や消費期限が切れた食品が溜まりがち。

主なニオイの原因は、食品そのもののニオイや腐敗臭、食べかすから繁殖した雑菌です。

一度冷蔵庫の中に入っているものをすべて取り出し、腐ったものや食べないものを仕分けしましょう。

水分の多い食品や液体調味料などは特に、中身がこぼれやすくニオイの原因となります。

開封済みの食品は密閉できる容器に移し、調味料の瓶やボトルの注ぎ口から中身がこぼれていないか確認しましょう。


○拭き掃除でニオイの元を断つ

冷蔵庫を空にしたら、取り外しができるパーツは外して、食器用洗剤とスポンジで洗い、しっかりと水分を拭き取ります。

仕上げにアルコール除菌スプレーをして除菌しましょう。

冷蔵庫の内側は、清潔なタオルで汚れを拭き取っていきます。

この時の庫内掃除でオススメのアイテムが、「重曹」と「アルコール除菌スプレー」です。

重曹には、食べ物の汚れや油汚れ、手垢などの皮脂汚れを落とす洗浄効果と、ニオイを吸収する消臭効果があります。

生ゴミの消臭にも、そのままふりかけて使えるほど消臭効果が高いアイテム。

冷蔵庫掃除では、40℃のぬるま湯200mlに、重曹大さじ1杯をよく溶かしスプレーボトルに入れて使います。

清潔な布巾にスプレーして、内側の汚れを拭き取っていきましょう。

汚れが取れたら、水分が残らないよう乾拭きしてから、仕上げにアルコール除菌スプレーを吹きかけて除菌をします。

重曹をお持ちでない方は、アルコール除菌スプレーだけでも拭き掃除は可能。

二度拭きの必要もないので、内側に直接スプレーし布巾で汚れを拭き取っていきましょう。

また、アルコール除菌スプレーがない場合も、クエン酸で代用が可能です。

クエン酸にも細菌の繁殖を抑える殺菌効果があります。

小さじ1杯のクエン酸を200mlの水に溶かし、スプレーボトルに入れて使いましょう。

クエン酸自体に毒性はありませんが、霧状になったクエン酸水を吸い込むと喉や鼻にピリッとした刺激があるため、ふきんに含ませて拭くのがいいでしょう。


○重曹や炭で消臭

冷蔵庫内の食品を整理して汚れをとったら、庫内に置いておく消臭剤を用意しましょう。

拭き掃除に使用した重曹は、粉末のまま使えば消臭剤としても活躍します。

紙コップやジャムの空き瓶など、できるだけ口の広い入れ物に重曹を8分目くらいまで入れましょう。

ガーゼなど通気性のいいもので蓋をすると、万が一容器を倒してしまった時も安心です。

柄の入った布で蓋を作れば、お洒落な手作り消臭剤になります。

ただ、厚みのある布で蓋をしてしまうと消臭効果が感じられないため、通気性のいい素材を使用してください。

また、消臭効果を継続させるため、2~3カ月ごとに中身を入れ替えましょう。

また、炭も消臭効果が高いことで有名なアイテムです。

炭の表面に開いた細かい穴がニオイを吸着してくれます。

スーパーやホームセンターでも炭の脱臭剤が多く売られていますが、市販の脱臭剤のいいところは、"冷蔵室用"や"野菜室用"など使用する場所に合わせて、高い消臭効果が出るよう成分が調整されていること。

ニオイが強い場合はこうした脱臭剤を使うのがいいでしょう。


○冷蔵庫クリーニングを利用する

忙しい方やまとまった掃除の時間がとれない方は、冷蔵庫クリーニングサービスを利用するのもオススメです。

家族の人数が多いと保存する食品も多くなり、冷蔵庫内の食品を取り出して拭き掃除をするのも結構な時間と労力がかかります。

プロの冷蔵庫クリーニングは高い消臭・除菌効果が期待でき、業者の中には安全性の高いエコ洗剤などを使用しているところも。

手軽に冷蔵庫を徹底洗浄したい方には、冷蔵庫クリーニングサービスのご利用がオススメです。


※本稿の内容を実行したことによる損害や障害などのトラブルについて、執筆者および編集部は責任を負うことができません。
記載内容を行う場合は、その有効性、安全性など十分に考慮いただくようお願い致します。
記載内容を参考にしていただき、ご自身の暮らしにお役立ていただけますと幸いです。


マイナビニュースより


これから梅雨の季節。

いつもより、冷蔵庫の中の匂いが気になりますよね。

ぜひ、ご参考に。

僕は、重曹使ってみようっと・・・。

  


Posted by いもやん at 08:39Comments(0)

2017年06月07日

卑弥呼に「卑」、邪馬台国に「邪」という漢字が使われている理由

「邪馬台国は女王卑弥呼によって統治されていた」―。

日本史の授業で誰しも学んだ内容ですよね。

しかし、実は卑弥呼は女性ではなかったかもしれないそうです。

無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、先日亡くなられた渡部昇一氏の遺作となった『渡部昇一の少年日本史』の中から、「卑弥呼」についての考察を紹介しています。


現役高校生も感動した日本の歴史

渡部昇一氏の遺作となった『渡部昇一の少年日本史』。

発売2週間で早くも3刷が決定、東京の八重洲ブックセンター本店の人文ベストセラーランキングでも人気第1位となるなど、大きな反響を呼んでおり、中学生や高校生からも、「歴史の面白さを初めて知り、感動した」という声が寄せられています。

彼ら、彼女らを感動させた、本書で語られる日本の歴史とはどのようなものなのでしょうか?

その一部をご紹介いたします。


なぜ「卑弥呼」と呼ばれたのか?

日本の歴史を語るときに、日本で書かれた『古事記』や『日本書紀』にあたらず、わざわざ海の向こうで書かれた文献に頼るというのは大いに問題があると思いませんか。

皆さんもすぐに気がつくはずです。

当時は今ほど交通手段が発達していませんでした。

飛行機や電車はもちろん、船だって大したものはなかったでしょう。

もちろん、新聞もテレビもインターネットもありません。

そんな時代に、海を隔てた朝鮮半島や中国大陸に住む人々が日本についてどれほど正確な知識を持っていたでしょうか。

人の行き来すら限られていた時代に、いったい何がわかるというのでしょうか。

もし知っていることがあったとしても、せいぜい場所が近い九州北部あたりの人々と貿易などをしていて交流のあった人たちが耳にした噂話程度のものだったに違いありません。

彼らはその噂話を自分の国の歴史に書いたのです。

たとえば日本について書いたものとして卑弥呼や邪馬台国について触れた『魏志倭人伝』が有名です。

これは『三国志』の「魏書」にある「東夷伝」中に含まれていて、三世紀の末頃に書かれたといわれています。

「東夷伝」の「東夷」というのは「東のほうの蛮族」という意味です。

そんな海の向こうの蛮族について、どれほどの関心を抱き、どれほどの知識を持っていたでしょうか。

おそらく「東のほうにどうも島があるらしい、その島の名前は『やまと』というそうだ」という、噂の噂ぐらいのレベルで耳にしたことを書いたと考えるほうが妥当でしょう。

邪馬台の「台」は「と」と読めますから、「やまと」に「邪馬台」という漢字を当てて書いたのでしょう。

しかも相手には野蛮国という先入観がありますから、「邪」という悪い漢字を使っているわけです。

そこの支配者は卑弥呼という女王であるというのも、どこかで耳にしたことなのでしょう。


なぜ卑弥呼は「女性」とされているのか

日本人から見れば卑弥呼は「日の御子」です。

日本人は昔から天皇のことを日の御子と呼んでいたのです。

だから、卑弥呼とは天皇のことなのではないでしょうか。

われわれが小学校のときに歌っていた紀元節(神武天皇が即位した日として明治6年に定められ、昭和23年に廃止されるまで続いた祝日、現在の建国記念日)の歌の三番に「天つひつぎの高みくら(天津日嗣の高御座)」という歌詞がありました。

天皇は天津日嗣の人だから日嗣の御子となって、日の御子と呼んだのです。

しかし『魏志倭人伝』の作者は野蛮人の国の日の御子だから「卑」という字を使って卑弥呼としたのでしょう。

本当はお日様の「日」だったに違いありません。

それが女王であったというのは、日本の神話では天照大神という女神がいたという話が伝わっていて、それと重なって女王の卑弥呼になったのだろうと私は想像しています。

このような想像の産物が『魏志倭人伝』なのではないかということは昔の人も考えたようで、第二次世界大戦の前までのまともな日本の歴史家は誰も『魏志倭人伝』を取り上げていませんでした。

ところが戦後になると、とくに1970年代あたりは中国大陸や朝鮮半島を重んずる風潮が強くなって、あたかも邪馬台国や卑弥呼が『魏志倭人伝』に記されたとおりであったようにこじつける仮説がたくさん出てきました。

しかし、前記のような理由から、こういう仮説は無視するのが正しいように思います。

『魏志倭人伝』を取り上げるならば、『古事記』や『日本書紀』のほうが遥かに信頼できます。

なぜならば、『古事記』や『日本書紀』は日本で書かれた日本の歴史書なのですから。


まぐまぐニュース!より


技術が発達し、タイムマシンが開発され、いつか邪馬台国時代を実際に見物出来る日が来ればいいでしょうね。

もしそれが可能となった時、未来より、過去を見てみたいですね。

  


Posted by いもやん at 08:39Comments(0)

2017年06月06日

仕事ができる人ほど「出張」が好き?

皆さんは出張が多くあちこちを飛び回っているビジネスマンについて、どのようなイメージをお持ちだろうか。

東急ハンズが以前、ビジネスマンの出張に対する意識調査を実施したところ、出張に対する意識のみならず“仕事ができる、モテる、出世が早い”ビジネスマンがどのように「出張に向き合い、出張を楽しんでいるのか」が浮き彫りとなった。

この調査によると、ビジネスマンで出張が好きな人の割合は約4割となっており、仕事ができる・モテる・出世が早いビジネスマンほど、出張が好きで、出張の頻度が高く、「遊び半分」で出張をしていることがわかった。

また「仕事の醍醐味は出張だ」と思っており、「出張に行くため」に出張をしている人も多くみられる結果となった。

中には、必要がなくても、取引先に行く用事をむりやり作って出張に行くという人も多く、出張がきっかけで、社内恋愛に発展したことがあるという人も。

また、出張は「上司の目が届かないところで遊べる」ことが楽しいとしており、出張先で必ず訪れる店があるという人が多かった。

一方、「出張が好きではない」と答えた人にその理由を聞くと、1位は「慣れない場所が好きではないから」(23.3%)、次いで「事前の準備が面倒だから」(18.4%)、「移動が多くて疲れるから」(17.7%)、「慌ただしくて疲れるから」(15.2%)の順となっている。


@DIMEより


自分の枠を広げるためには、外に出るのは、本当に大事。

それは、仕事だけじゃなく、遊びでも同じ。

1歩、前へ。

その1歩が、想像もしない世界が広がるのです。

  


Posted by いもやん at 08:39Comments(0)

2017年06月05日

「いただきます」の誇り

農が引き出す自然の恵み

NPO法人「農と自然の研究所」代表理事の宇根豊(うね・ゆたか)さんら一行が、2003(平成15)年にドイツのある村を訪れた時のことである。

訪れたリンゴ農家は、農産物のEU内の自由化でリンゴの価格が下がり、経営的に行き詰まっていた。

そこでリンゴ・ジュースに加工して周辺の町々で販売を始めたところ、売れ行きが実にいいという。

「その理由が、あなたたちに分かるかな」と農家から質問をされて、宇根さんたちは、おいしいから、安全だから、などと思いついた答えを並べてみたが、返ってきた答えは意外なものだった。

「このリンゴジュースを飲まないと、あの村の美しい風景が荒れ果ててしまう」と言って、町の人たちは買ってくれるのだそうだ。

町の人々は週末にピクニックなどで農園を訪れ、息抜きをする。

そこの美しい光景は、自分たちがリンゴジュースを飲むことによって支えているのだ、という誇りもあるだろう。

「農業はカネでは計れない価値を創り出す」というのが、宇根さんの主張である。

「田んぼって、いっぱい生きものがいるんだね」

同様な話は、我が国にもある。宇根さんの友人は都市近郊に田んぼを持っているのだが、その真ん中を21メートル幅の「都市計画道路」が通ることになった。

友人は反対運動を起こしたのだが、思うように盛り上がらない。

地域の住民は「日本全体で40%も減反しているぐらいだから、田んぼは余っている。

それなら道路でつぶされても問題ないのではないか」と考えているからだ。

そこで友人は「田んぼを守ろう」というスローガンを降ろし、「メダカの泳ぐ小川を守ろう」という新しいスローガンを掲げた。

すると、今まで関心を示さなかった人たちからも「まだこんな近所にメダカがいたんですか。

そんな小川なら道路よりも大切かもしれない」という反応が出てきたという。

その友人は、周囲の住民に呼びかけて、メダカの観察会を開き始めた。そこでこう語った。


この小川のメダカは、田んぼで産卵します。
だから、メダカを守るためには、田んぼを守らないといけないのです。
でも、この田んぼでとれた米を誰も買ってくれないなら、この田んぼはいらなくなります。…
この田んぼでとれた米を買う人は、この田んぼを自分の田んぼと思って、いつでも入っていいですよ。

週末になると、何組もの家族連れがやってきて、メダカやゲンゴロウやトンボ、カエルを追いかける。

その日の夕餉には、こんな会話が交わされているそうだ。

「お父さん、このごはんがとれる田んぼに初めて行ったね」

「そうだよ。このごはんは、あの田んぼでできたんだね」

「メダカがいっぱいたね。それにゲンゴロウもいたね。
トンボも害虫もいたね。ツバメも飛んできたし、田んぼって、いっぱい生きものがいるんだね」

「また来週行ってみようか」

「うん」


「農業」が無償で提供してくれている「価値」

カネでは計れない価値

ドイツの市民がリンゴ林の景色を愛でたり、日本の少年が田んぼでメダカを追いかけたり、ということができるのは、当人たちにとっては大きな価値だが、その価値はカネでは計れない。

たとえば、ごはん一杯分の米は20円で売り買いされる。

これは稲3株分だが、この3株分の稲を育てると、オタマジャクシ35匹、トンボ1匹、ミジンコ5,000匹、豊年エビ11匹が一緒に育つ。

同時に田んぼは豊かな保水機能を持っているので、洪水を防ぎ、地下水を涵養する。

さらに田んぼの上を渡る涼しい風を生みだし、また人々を和ませる田園風景を提供する。

宇根さんが計算したところ、これらの価格は、控えめに見積もっても50円になる。

すなわち日本の農民は20円で米を売りながら、別に50円もの価値を創り出して、周囲の人々に無償で提供しているのである。

仮にこの20円の米が高いからと、その田んぼを減反して、外国から米を輸入すれば、「消費者」としては半分の10円で済むかもしれない。

しかし近隣住民として見れば稲作が生み出していた50円分の価値が失われる。

豊かな自然と景色が失われ、子どもたちがいろいろな生物に触れる機会がなくなり、洪水や水不足のリスクが高まる。

カネで計れるものだけを追求していったら、カネでは計れない価値が失われる。

ここに近代的な市場経済からはみ出してしまう農業の真の姿がある。


食べ物を通じて、我々は自然とつながっている

「作物はそれだけで育つことはない」と宇根さんは語る。

稲ならカエルを、キャベツならモンシロチョウを、ニンジンなら黄アゲハを、イチゴならミツバチを同伴してる。

カエルは、オタマジャクシの頃には田んぼの中で枯れ草や藻などの有機物を食べて分解し、稲が吸収しやすい栄養分に変える。

カエルに育つと、ツマグロヨコバイやゾウムシなどの害虫を食べる。

モンシロチョウはキャベツの葉に卵を産み、それが青虫になるとキャベツの葉を食べて育つ。

そしてモンシロチョウになると、キャベツの受粉を助けて恩返しをする。

同様に黄アゲハはニンジン、ミツバチはイチゴの受粉を助ける。

宇根さんの講演を聞いたある若い母親は、こんな手紙を出した。


今まで、アゲハチョウは自然に育っているとばかり思っていました。
ニンジンの葉を食べて育っていたなんて、本当に驚きでした。


この母親には離乳食を与えている子供がいるが、その子がニンジンを食べなくて困っていた。

そこで、こう語りかけながら、食べさせるようにした。


あのね、このニンジンはアゲハチョウの幼虫さんも食べているニンジンなのよ。
あなたもお母さんも、そしてアゲハチョウもこのニンジンを食べて育っていくのよ。


こう語りかけると、その子は次第にニンジンを食べるようになっていったという。

食べ物というと、我々はとかくカロリーとか、鮮度や味、安全性、価格などという科学的、経済的な面からとらえがちだが、食べ物を通じて、我々は自然とつながっている、という感覚を忘れてはならない。

そして食べ物によって我々を自然とつなげてくれているのが、農業なのだ。


「いただきます」は、誰に向けられたものなのか?

誰に向かって「いただきます」と言うのか?

日本人は食事をする時に「いただきます」と言うが、これは誰に言っているのだろう。

一つの答えとしては、食事を与えてくれた人に対する感謝の言葉である、という考え方だ。

とすると、学校の給食では親が給食費を払っているので、子どもたちが「いただきます」という必要はないという事になる。

こういう理由で自分の子供に「いただきます」というのを拒否させる親もいるそうだが、我々の素直な感性からすると、こういう親はモンスター・ペアレントではないか、という気がする。

自分のお金で出された食事に対しても、「いただきます」と言う人はいるし、それに対しておかしいという感じはしない。

もう一つの答えは、食事を作ってくれた人に対する感謝の言葉というものである。

確かに、子どもたちが食事を準備してくれた母親に「いただきます」という時には、これに当たるかも知れない。

しかし母親も、自分で作った料理に対して「いただきます」と言ったりする。

この問題に対して、宇根さんは「いただきます」とは、「命をいただく」ことに対する感謝の気持ちである、と説く。

食べ物は、穀物にしろ、野菜にしろ、魚にしろ、肉にしろ、すべてもともとは生きものである。

その命をいただいて、我々は自らの命を維持している。

それに対する感謝の念が「いただきます」には籠もっているのである。

我々は食べ物を通じて、生きとし生けるものの命とつながっている。

そして農業は生きものの命から食べ物を作り出し、我々の命を養うという重要な役割を果たしているのである。


百姓と自然が数百年をかけて、土を作り上げてきた

子供たちの教育の中で、農業体験が取り入れられるようになっている。

宇根さんの田んぼに田植えにやってきた都会の子どもが、「どうして田んぼには石ころがないの?」と聞いた。

「うーん、そんなことはあたりまえじゃないか」と言いかけて、宇根さんははっとした。


石ころがなくなったのは、百姓が足にあたるたびに、掘り出して、捨ててきたからである。
それも、10年、20年でなくなったわけではない。これが土の本質である。
土の中にはたぶん百姓と自然が、土を作り上げてきた数百年の時が蓄積されているのだ。(『国民のための百姓学』宇根豊・著/家の光協会)


初めて田んぼに足を踏み入れた子供たちは、田んぼの土のぬるぬるとした感触に驚く。

この土のぬるぬるとした感じは、数十年数百年かけて、百姓が耕し、石を拾い、有機物を運び込み、水を溜めてつくってきたものだ。

しかし、百姓だけがつくったのではない。

自然からの水が、山や川床からの養分を運び入れ、田んぼの中では藍藻類が空気中の窒素を固定し、稲の根が深く土を耕すから、こんなに豊かな土ができるんだ。

このぬるぬるは、生きものの命の感触なんだ。

だから水を入れて代かきすると、ミジンコや豊年エビやトンボなどが生まれてくるし、いろいろな生きものが集まってくるんだ。(同上)

こうした田んぼで、稲が育つ。

だから米は「とれる」「できる」もので、人間が「作る」ものではない。

人間が関与できるのは、「土づくり」だけだ。

その土も、山や川、藍藻類やオタマジャクシなどの自然と、石を拾ったり、水を引き込んだりする人間との共同作業なのである。

農業とは自然に働きかけて、自然から「めぐみ」をいただくことである。

そして農産物とはそのめぐみのごく一部に過ぎない。

こう考えると、農業こそは、自然に抱かれ、自然の恵みに養われて生きている人間の本質に根ざした営みである。

近代科学技術、近代工業の発展によって、その自然が忘れ去られた事で、こうした農業の真の姿も見えなくなってきたのだろう。


まぐまぐニュース!より


物への「感謝」の気持ち。

便利な今だからこそ、忘れてはいけないよね。

僕も改めて、すべての物への感謝を忘れないようにしなきゃ・・・。

  


Posted by いもやん at 19:03Comments(0)