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いもやん
いもやん
カフェ AllRightは、どこか懐かしいような、落ち着くようなゆったりとした空間。

「ロコモコ」がオススメ!

毎週火曜日・毎週金曜日限定販売「マラサダ」もぜひ!

  

【住所】
〒649-6313
和歌山市楠本72-73
  

【TEL】
073-461-5141
  

【営業時間】
7:30am~5:00pm
<モーニング>
7:30am~11:00am
<ランチ>
11:00am~3:00pm
  

【定休日】
毎週日曜日
  
  
グラブ・ミットのことならik_20 
ik_79高スポグラブ工房ik_79
↓ ↓ ↓
  
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【愛踊祭2017】

今年で3回目の挑戦となる、国民的アニメソングカバーコンテスト。
https://idolmatsuri.jp/

『WEB予選(二次審査)』が開始!

※日程 投票期間 6/12(月) ~ 7/2(日) 結果発表 7/7(金)

※ネット投票には、TwitterまたはFacebookのアカウントが必要になります。
※ネット投票は2時間ごと(0時、2時、4時、6時、8時、10時、正午、14時、16時、18時、20時、22時の偶数の時間)に各エリア1票ずつ投票することができます。

SA-Laに投票 https://idolmatsuri.jp/group/sala

Marinaに投票 https://idolmatsuri.jp/group/marina

皆様のご協力よろしくお願いいたします!!

  
  
  
  
毎週火曜日・金曜日
揚げたて Take out 販売!
  
1コ 120円(5コ入り 550円!)
  
【マラサダって何?】
  
ハワイでは定番のおやつとして超有名。
外側はカリッと、内側はふんわりとしている食感が特徴の揚げパンです。
  
元々はポルトガルの伝統家庭菓子で、1800年代ハワイに移民したポルトガル人たちから伝えられました。
それ以来、ハワイのローカルスイーツとして定着しています。
  
マラサダとは、ポルトガル語で「大ざっぱ」を意味します。
おおらかなハワイに受け入れられそうな名前です。
  
当店のマラサダには、中身は入れていません。
生地のふわふわ・もちもち感をお楽しみください。
  
7月 販売予定日ik_20ik_20
  
http://allright.shop/
  
予約受付中ik_20ik_20
  
TEL 073-461-5141(受付時間 午前9時~午後3時まで)
定休日 日曜日
  

2017年06月05日

「いただきます」の誇り

農が引き出す自然の恵み

NPO法人「農と自然の研究所」代表理事の宇根豊(うね・ゆたか)さんら一行が、2003(平成15)年にドイツのある村を訪れた時のことである。

訪れたリンゴ農家は、農産物のEU内の自由化でリンゴの価格が下がり、経営的に行き詰まっていた。

そこでリンゴ・ジュースに加工して周辺の町々で販売を始めたところ、売れ行きが実にいいという。

「その理由が、あなたたちに分かるかな」と農家から質問をされて、宇根さんたちは、おいしいから、安全だから、などと思いついた答えを並べてみたが、返ってきた答えは意外なものだった。

「このリンゴジュースを飲まないと、あの村の美しい風景が荒れ果ててしまう」と言って、町の人たちは買ってくれるのだそうだ。

町の人々は週末にピクニックなどで農園を訪れ、息抜きをする。

そこの美しい光景は、自分たちがリンゴジュースを飲むことによって支えているのだ、という誇りもあるだろう。

「農業はカネでは計れない価値を創り出す」というのが、宇根さんの主張である。

「田んぼって、いっぱい生きものがいるんだね」

同様な話は、我が国にもある。宇根さんの友人は都市近郊に田んぼを持っているのだが、その真ん中を21メートル幅の「都市計画道路」が通ることになった。

友人は反対運動を起こしたのだが、思うように盛り上がらない。

地域の住民は「日本全体で40%も減反しているぐらいだから、田んぼは余っている。

それなら道路でつぶされても問題ないのではないか」と考えているからだ。

そこで友人は「田んぼを守ろう」というスローガンを降ろし、「メダカの泳ぐ小川を守ろう」という新しいスローガンを掲げた。

すると、今まで関心を示さなかった人たちからも「まだこんな近所にメダカがいたんですか。

そんな小川なら道路よりも大切かもしれない」という反応が出てきたという。

その友人は、周囲の住民に呼びかけて、メダカの観察会を開き始めた。そこでこう語った。


この小川のメダカは、田んぼで産卵します。
だから、メダカを守るためには、田んぼを守らないといけないのです。
でも、この田んぼでとれた米を誰も買ってくれないなら、この田んぼはいらなくなります。…
この田んぼでとれた米を買う人は、この田んぼを自分の田んぼと思って、いつでも入っていいですよ。

週末になると、何組もの家族連れがやってきて、メダカやゲンゴロウやトンボ、カエルを追いかける。

その日の夕餉には、こんな会話が交わされているそうだ。

「お父さん、このごはんがとれる田んぼに初めて行ったね」

「そうだよ。このごはんは、あの田んぼでできたんだね」

「メダカがいっぱいたね。それにゲンゴロウもいたね。
トンボも害虫もいたね。ツバメも飛んできたし、田んぼって、いっぱい生きものがいるんだね」

「また来週行ってみようか」

「うん」


「農業」が無償で提供してくれている「価値」

カネでは計れない価値

ドイツの市民がリンゴ林の景色を愛でたり、日本の少年が田んぼでメダカを追いかけたり、ということができるのは、当人たちにとっては大きな価値だが、その価値はカネでは計れない。

たとえば、ごはん一杯分の米は20円で売り買いされる。

これは稲3株分だが、この3株分の稲を育てると、オタマジャクシ35匹、トンボ1匹、ミジンコ5,000匹、豊年エビ11匹が一緒に育つ。

同時に田んぼは豊かな保水機能を持っているので、洪水を防ぎ、地下水を涵養する。

さらに田んぼの上を渡る涼しい風を生みだし、また人々を和ませる田園風景を提供する。

宇根さんが計算したところ、これらの価格は、控えめに見積もっても50円になる。

すなわち日本の農民は20円で米を売りながら、別に50円もの価値を創り出して、周囲の人々に無償で提供しているのである。

仮にこの20円の米が高いからと、その田んぼを減反して、外国から米を輸入すれば、「消費者」としては半分の10円で済むかもしれない。

しかし近隣住民として見れば稲作が生み出していた50円分の価値が失われる。

豊かな自然と景色が失われ、子どもたちがいろいろな生物に触れる機会がなくなり、洪水や水不足のリスクが高まる。

カネで計れるものだけを追求していったら、カネでは計れない価値が失われる。

ここに近代的な市場経済からはみ出してしまう農業の真の姿がある。


食べ物を通じて、我々は自然とつながっている

「作物はそれだけで育つことはない」と宇根さんは語る。

稲ならカエルを、キャベツならモンシロチョウを、ニンジンなら黄アゲハを、イチゴならミツバチを同伴してる。

カエルは、オタマジャクシの頃には田んぼの中で枯れ草や藻などの有機物を食べて分解し、稲が吸収しやすい栄養分に変える。

カエルに育つと、ツマグロヨコバイやゾウムシなどの害虫を食べる。

モンシロチョウはキャベツの葉に卵を産み、それが青虫になるとキャベツの葉を食べて育つ。

そしてモンシロチョウになると、キャベツの受粉を助けて恩返しをする。

同様に黄アゲハはニンジン、ミツバチはイチゴの受粉を助ける。

宇根さんの講演を聞いたある若い母親は、こんな手紙を出した。


今まで、アゲハチョウは自然に育っているとばかり思っていました。
ニンジンの葉を食べて育っていたなんて、本当に驚きでした。


この母親には離乳食を与えている子供がいるが、その子がニンジンを食べなくて困っていた。

そこで、こう語りかけながら、食べさせるようにした。


あのね、このニンジンはアゲハチョウの幼虫さんも食べているニンジンなのよ。
あなたもお母さんも、そしてアゲハチョウもこのニンジンを食べて育っていくのよ。


こう語りかけると、その子は次第にニンジンを食べるようになっていったという。

食べ物というと、我々はとかくカロリーとか、鮮度や味、安全性、価格などという科学的、経済的な面からとらえがちだが、食べ物を通じて、我々は自然とつながっている、という感覚を忘れてはならない。

そして食べ物によって我々を自然とつなげてくれているのが、農業なのだ。


「いただきます」は、誰に向けられたものなのか?

誰に向かって「いただきます」と言うのか?

日本人は食事をする時に「いただきます」と言うが、これは誰に言っているのだろう。

一つの答えとしては、食事を与えてくれた人に対する感謝の言葉である、という考え方だ。

とすると、学校の給食では親が給食費を払っているので、子どもたちが「いただきます」という必要はないという事になる。

こういう理由で自分の子供に「いただきます」というのを拒否させる親もいるそうだが、我々の素直な感性からすると、こういう親はモンスター・ペアレントではないか、という気がする。

自分のお金で出された食事に対しても、「いただきます」と言う人はいるし、それに対しておかしいという感じはしない。

もう一つの答えは、食事を作ってくれた人に対する感謝の言葉というものである。

確かに、子どもたちが食事を準備してくれた母親に「いただきます」という時には、これに当たるかも知れない。

しかし母親も、自分で作った料理に対して「いただきます」と言ったりする。

この問題に対して、宇根さんは「いただきます」とは、「命をいただく」ことに対する感謝の気持ちである、と説く。

食べ物は、穀物にしろ、野菜にしろ、魚にしろ、肉にしろ、すべてもともとは生きものである。

その命をいただいて、我々は自らの命を維持している。

それに対する感謝の念が「いただきます」には籠もっているのである。

我々は食べ物を通じて、生きとし生けるものの命とつながっている。

そして農業は生きものの命から食べ物を作り出し、我々の命を養うという重要な役割を果たしているのである。


百姓と自然が数百年をかけて、土を作り上げてきた

子供たちの教育の中で、農業体験が取り入れられるようになっている。

宇根さんの田んぼに田植えにやってきた都会の子どもが、「どうして田んぼには石ころがないの?」と聞いた。

「うーん、そんなことはあたりまえじゃないか」と言いかけて、宇根さんははっとした。


石ころがなくなったのは、百姓が足にあたるたびに、掘り出して、捨ててきたからである。
それも、10年、20年でなくなったわけではない。これが土の本質である。
土の中にはたぶん百姓と自然が、土を作り上げてきた数百年の時が蓄積されているのだ。(『国民のための百姓学』宇根豊・著/家の光協会)


初めて田んぼに足を踏み入れた子供たちは、田んぼの土のぬるぬるとした感触に驚く。

この土のぬるぬるとした感じは、数十年数百年かけて、百姓が耕し、石を拾い、有機物を運び込み、水を溜めてつくってきたものだ。

しかし、百姓だけがつくったのではない。

自然からの水が、山や川床からの養分を運び入れ、田んぼの中では藍藻類が空気中の窒素を固定し、稲の根が深く土を耕すから、こんなに豊かな土ができるんだ。

このぬるぬるは、生きものの命の感触なんだ。

だから水を入れて代かきすると、ミジンコや豊年エビやトンボなどが生まれてくるし、いろいろな生きものが集まってくるんだ。(同上)

こうした田んぼで、稲が育つ。

だから米は「とれる」「できる」もので、人間が「作る」ものではない。

人間が関与できるのは、「土づくり」だけだ。

その土も、山や川、藍藻類やオタマジャクシなどの自然と、石を拾ったり、水を引き込んだりする人間との共同作業なのである。

農業とは自然に働きかけて、自然から「めぐみ」をいただくことである。

そして農産物とはそのめぐみのごく一部に過ぎない。

こう考えると、農業こそは、自然に抱かれ、自然の恵みに養われて生きている人間の本質に根ざした営みである。

近代科学技術、近代工業の発展によって、その自然が忘れ去られた事で、こうした農業の真の姿も見えなくなってきたのだろう。


まぐまぐニュース!より


物への「感謝」の気持ち。

便利な今だからこそ、忘れてはいけないよね。

僕も改めて、すべての物への感謝を忘れないようにしなきゃ・・・。

  


Posted by いもやん at 19:03Comments(0)

2017年06月01日

理由があった

あなたはエレベーターや満員電車など人ごみの中で、視線をどこに向けていますか?

エレベーターなら「階数表示ランプ」という答えが案外多いのではないでしょうか。

今、何時かを確認するために時計をしばしば見るのと同じように、今、どこにいるのかを確認するために「階数表示ランプ」を見るというのが自然の心理でしょう。

でも、他にも心理的理由があるかもしれません。

今回は一つずつ、その理由を紐解いていきましょう。


階数ランプを見る理由1:見当識

自分や自分が生活している状況を、客観的に正しくとらえる精神機能を「見当識(けんとうしき)」といいます。

現在の時間、今いる場所、自分自身の年齢や氏名、生年月日などが、見当識の身近な指標です。

近年、この見当識が障害されている状態に注目が集まっています。

精神疾患と認知症です。

どちらも、脳の機能が障害されていることに起因します。

ですから、見当識がしっかりしていることは、脳の機能が正常な健常者の基本のようなもので、通常、当たり前のように、また反射的に、私たちは見当識を確認しています。

時計を見て時間を確認したり、エレベーターで現在の階数を確認したりといったようにです。

ですから、エレベーターで階数ランプを見るのは、反射的な見当識の確認作業ということができるでしょう。


階数ランプを見る理由2:パーソナルスペース

通勤電車やエレベーターなどで、見知らぬ人が寄ってきたり、やたら近づいてくると不快に感じることはありませんか。

これは、パーソナルスペースといって、自分を中心とした円周状に広がる距離空間の影響によるものです。

相手と自分の距離が近ければ近いほど、赤の他人だと、自分の縄張りを犯されたように不快に感じてしまいます。

反対に、家族や恋人など親しい人が、パーソナルスペースに入ってきてくれないと、孤独感を強く感じることになります。

このようなパーソナルスペースの見解からすると、満員のエレベーター(あるいは通勤電車)など、赤の他人がパーソナルスペースに入ってこないことを確保できない空間では、不快感から目を逸らせるために、エレベーターだと表示階をじっと見つめていたり、満員電車だとつり革広告や液晶ディスプレイ(トレインチャンネル)を見つめていたりするでしょう。

エレベーターで階数ランプを見る2つ目の理由は、赤の他人とくっつきすぎていることが不快で、その状況から目を背けるために「階数ランプ」に意識を集中するというものです。


階数ランプを見る理由3:対人恐怖

大勢の人前で話をしたり歌ったり、初対面の人と会ったりすることに緊張や恐怖感を覚える人は少なくないでしょう。

多かれ少なかれ誰にもあるこの傾向は、精神医学的には「対人恐怖」の影響と考えられています。

対人恐怖の傾向が強い人には神経質だったり、恐怖心をもちやすい「怖がり」だったりする人も少なくありません。

ちょっとしたことが気にかかったり、人前に立つのが怖かったりしやすい傾向があります。

ところで、対人恐怖には、対人緊張、赤面恐怖、スピーチ恐怖、電話恐怖など、さまざまな症状があることが専門家から指摘されていますが、昨今、割と多いといわれているのが、「視線恐怖」です。

これには、「他人の視線が気になる」というタイプと、「自分の視線が相手に嫌な感じを与えるのが怖い」というタイプがあります。

どちらにしても、視線恐怖の傾向が強いと、とくに、満員電車やエレベーターなど、他人が大勢いるなかで、まなざしを人に向け、視線が合ってしまうことを何よりも恐れたり嫌がったりします。

そこで、視線が合わないところにまなざしを向けざるを得ず、結果として階数ランプに目が釘づけになるような事態となります。

エレベーターで階数ランプを見る3つ目の理由は、近くの人と視線を合わせたくないためです。


階数表示ランプがない?

最近、とくにオフィス仕様の大規模ビル用のエレベーターなどでは、すべての階での待ち時間が最短になるようファジィ制御を行い、結果として、階数表示をしていないエレベーターが増えているのだとか。

エレベーターを待っている人がイライラしないように、このシステムは構築されているそうですが、そうなると、以上に述べたような階数表示を見る心理的理由は、トレインチャンネルのような液晶ディスプレイで解消されるようにシフトしていくのでしょうか?

そのあたり、今後の動向が楽しみです。


Mocosukuより


エレベーターを待っている時、表示されていなかたら、逆にイライラしそうな気がするけど。

それより、やっと来た!と思って、ドアが開いたら、中が満員で乗れなかった・・・ という方がストレスが溜まりそう。

満員はしゃあないんですけどね。

  


Posted by いもやん at 08:39Comments(0)

2017年05月31日

電車内のスマホで見ているもの

電車で移動中の暇つぶしとしてスマホをつかうことはあるだろう。

また、電車内でスマホをつかう人をたびたび見かけるはずだ。

しかし、そうした人たちは、スマホで何をしているのだろうか?

しらべぇ編集部は、全国20〜60代の電車に乗ったことがありスマホを持っている男女777名に複数回答で調査。

その結果をランキングで発表しよう。


■第5位:乗換案内(17.4%)

アプリなどの乗換案内が5位に。
初めて行く駅や、遅延が起こったときなど、心に不安があるときについつい確認のために見てしまうこともあるだろう。

30代男性からの支持がもっとも多い結果となった。

また、東京、埼玉、千葉、神奈川など首都圏からの投票が多くその割合は3割にも及んだ。

やはり電車を頻繁につかう人ほど見ているようだ。


■第4位:ゲーム(19.7%)

気軽に暇をつぶせるゲームが第4位に。
1駅という短い時間でも遊べるのが魅力か。
ソーシャルゲームの流行により、電車内でもゲームをする人が増えたのだろう。

2、30代の男女ともに3割近くが支持。

一方、60代からは1割程度という結果となった。


■第3位:メール(27.3%)

「少し遅れる!」といった緊急の連絡や、何気ない会話などをしているのだろう。

3、40代の女性の4割近くが支持する結果に。


■第2位:SNS(34.6%)

FacebookやTwitterなどのSNSが第2位に。
3位のメールとはやや重複するところがある。
LINEもSNSに含まれるため、多くの人が誰かとコミュニケーションとっているようだ。

2、30代からの票が多く、とくに女性は5割を超える結果に。

一方、5、60代の割合は1割ほどと40ポイントほどの差が見られた。


■第1位:ニュース、まとめサイト(44.5%)

ニュースサイトや、まとめサイトが1位に。
朝の通勤で、前日の晩からのニュースをザッと眺める人も多いだろう。
活字を読まなくなったと言われる昨今だが、ニュースサイトの影響もあることから、情報を得ている人は増えたといえるかもしれない。

全年代からの票が集まったが、とくに3、40代の男性からの支持が多かった。


しらべぇより


そんなに電車に乗る機会はないが、電車に乗ったら、景色を見ていることが多いかな。

それか、寝ているか。

音楽を聴いているって人も多いでしょうね。

  


Posted by いもやん at 09:39Comments(0)

2017年05月30日

江戸時代、どうやって暑い夏をのりきっていたの?

クーラーも扇風機もない時代に生きていた江戸の人びとは、夏の暑さをのりきるために様々な工夫をしていました。

玄関先や庭に水をまく打ち水は、涼しい風をよぶために欠かせません。

神道的な面で、「場を清める」という意味もあったそうです。

また、夏に欠かせないアイテムといえば、江戸風鈴やうちわです。

金魚など夏の風物詩が描かれた風鈴は、眺めて楽しみ、音で涼をとって…と大人気のアイテムでした。

江戸っ子たちは五感で涼む工夫に長けていたのです。

当時の夏ならではの娯楽は、川遊びや蓮の花見物。

川遊びで涼むのも江戸っ子たちのお気に入りでしたが、同じように人気があったのが、蓮の花見物でした。

有名なのは上野にある不忍池で、花のつぼみが開くときを楽しみに訪れる人で賑わっていたそうです。


江戸のサマーセール?物売りたちが活躍する季節

この季節には、たくさんの物売りたちが活躍しました。

団扇売りや金魚売り、風鈴売り、朝顔売り、虫売り…とそんなものまで?というほど実に様々な物売りが道を行きかい、売り声や歩き方にもそれぞれの特徴がありました。

たとえば金魚売りは「きんぎょー」とゆったりとした売り声、風鈴売りはただ寡黙に歩くだけ。

風鈴売りは声を発しないのは、風鈴の音色を感じてほしいからなんですね。

わざわざ声をあげなくても涼やかな風鈴の音で、風鈴売りがやってきたことがわかります。


夏の食べ物といえば?

夏にちなんだ食べ物だったら、西瓜や桃などの水菓子売り、冷や水売り、ところてん売りなど。

当時の冷や水はお椀の水に白玉と砂糖を入れていたので、白玉水売りという別名もあったとか。

ユニークな物売りでは、定斎屋(じょうさいや)なんていうものも。

これは、暑気除けの腹薬売りのことです。

そして彼らは日除け傘を被ることなく、日向ばかり歩いていたんだとか。

この薬を飲んでいれば、どんなに暑くてもへこたれることもないですよという、デモンストレーションだったのでしょう。

五感をフルに活用して涼んでいた江戸っ子たちは、暑い夏を楽しむために様々な工夫を凝らしていました。

当時より数度は気温が上昇しているといわれる現代でも、江戸時代の知恵を取り入れながら夏を楽しみたいですね。


Japaaanより


いつの時代も、「知恵」って大事ですよね。

便利なものに溢れている現代、そんなものに頼らず・・・と言えども、その便利グッズも知恵により開発されたもの。

生きている以上、考えること、やめたらあきませんな。

  


Posted by いもやん at 20:44Comments(0)

2017年05月24日

近年増えている“6月病”とは?

「新しい環境に慣れない。

思い描いてた未来と違う」

昔から5月はメンタル不調を起こしやすいと言われてきた。

しかし近年、6月にメンタル不調を起こす“6月病”に陥る社員が増えているという。

本連載では、6月病の正体と、それに立ち向うためのヒントを探る。


優秀な人材の採用、最適な人材配置。

人事の役割は多岐にわたり、しかも組織の力を高める上で重要なものばかりだ。

また近年は、人手不足が深刻化しており、採用した社員を“いかに辞めさせないか”という役割も強く求められている。

そうした中でこの5月は「就職」「転職」「異動」など環境の変化や連休による反動で、体調不調を起こしやすい時期と言われている。


「いやいや、私の職場は大丈夫」と思っているかもしれないが安心してはいけない。

実はいま、5月ではなく6月に突然メンタル不全で倒れてしまう「6月病」が増えているのだ。

6月病に詳しい人形町メンタルクリニックの勝久寿院長によれば「5月病よりも厄介で、気を付けなければならないのが6月病」だという。

あまり聞いたことがないこの6月病とは何か。

また、どうすれば6月病から社員を、そして自分を守ることができるのか。勝院長に話を聞いた。



5月病と6月病

――まず、「5月病」とは何か。改めて教えていただけますか。

勝院長: 5月病はもともと、60年代にマスメディアが作り出した言葉です。
当時は、受験勉強を頑張ってきた真面目な学生が入学後に燃え尽きて目標を失ってしまう、あるいは、思い描いていた理想と現実のギャップに悩むことで5月くらいに学校を休みがちになってしまう現象のことを指していました。
その5月病という概念が、「就職」「転職」「異動」などで変化した新しい環境に適応できない社会人に対しても使われるようになったわけです。
4月は学生だけではなく、社会人にとって環境が変わることが多い時期。
4月はまだ我慢ができても、5月の連休の反動で疲れ(症状)が一気に出てしまうケースが多いのです。
この5月病を正式な病名に直すと「適応障害」ということになります。
適応障害は「(仕事などに対して)不安が強くなる」「無気力になる」「お酒の量が急に増えたり、怒りっぽくなる」などの特徴があります。
また、主に「真面目」「完璧主義」「プライドが高い」といった要素のある人が疾患に陥りやすいと考えられています。


――「5月病」だけでなく「6月病」という言葉もあるそうですね。「6月病」とは何のことでしょうか。

勝院長: 4月からの抱えていたストレス状態が続き、なかなかそのストレスを断ち切れない人が6月に「うつ病」になるというケースがあります。
それが6月病です。
5月病(適応障害)は急性疾患によるものですが、6月病(うつ病)は慢性疾患。
慢性的にストレスを抱えることによって起こります。
近年こうしたケースがよく見られるようになりました。
6月病の一歩手前である5月病の段階で適切に対処し、ストレスを解放できればいいのですが、それができすに我慢してストレス状態を放置すると6月頃に心の糸が切れてしまうのです。
結果、精神状態がボロボロになり、職場への復帰が困難になってしまいます。
できるだけ早くストレスを断ち切る(解消する)ことが大切なのです。


――6月病は増えているのですか?

勝院長: 精神障害の患者数に関する厚生労働省の統計では、月次ベースのデータがありませんので、増えてきたことを数字で実証することはできません。
しかし、当院では6月病の患者さんが増えてきています。
会社を辞めずらくなったことが理由の1つとして考えられます。
ここ2〜3年は売り手市場ですが、それまでは景気が悪かったので就職や転職が大変でした。
「いまの会社にしがみつかなきゃいけない」「我慢しなきゃいけない」と思っている人が多かったのでないでしょうか。
もう1つの理由は、「所属感」「仲間意識」といった感覚が職場で得られにくい時代になったことです。
昔は終身雇用制度によって企業への忠誠心も高く、「同じ釜の飯を食う」いわゆるファミリー企業が多かったわけです。
こうした「所属感」「仲間意識」は精神的な健康を維持する上で重要な要素になります。
社会が過度な成果主義に変わったことで職場の人間関係も淡白(たんぱく)になり、ストレスを溜めやすくなっていることも原因だと思っています。
こうした状況に対して企業(人事)は、チームのメンバーと「仲間意識」を感じてもらえるように、仕組み作りをしてサポートしていかなくてはいけません。
有効な方法としては「一緒に何かをする」機会をつくること。
サークル活動だったり、運動会、昼食会、飲み会なども効果的ですね。
重要なのは仕事とは関係のないコミュニケーションを取る機会を増やすことです。


――自分のストレス状態を知る方法はありますか?

勝院長: 「新しいタスクが追加されたとき」「新しいことを始めなければならなくなったとき」にイライラしてしまう場合は、既に高ストレス状態にあります。
普通の状態であれば、前向きに捉えられることでも、余裕がなくなっているために「オレに仕事を振るな!」「それはあいつの仕事だ!」と、イライラしてしまうわけです。
このほか、「ミスや抜けがないか神経質に確認するようになる」「仕事のことが心配で早朝や休日に仕事をしたり、遅くまで会社に残るようになる」人は黄色信号です。
また、高ストレス状態のときは、周囲の発言や行動が肯定的に捉えられなくなり、自分を責めている、見下している、嫌っているように思えてしまうのです。
もし、心当たりがある人はしっかり気分転換をしてください。
前述したように、ストレス状態が続くと、心の糸が切れてしまいますから。
昔から言われていることではありますが、深呼吸や運動、昼食後の仮眠、音楽鑑賞などにはストレスを軽減させる効果がありますので、実践してください。


――チームをまとめるリーダー層は比較的ストレスを溜めやすい環境にあると言われていますが、どのように対処すればいいのでしょうか。

勝院長: 中間管理職(リーダー層)は部下と上司の板挟みになるので大変です。
また多くの管理職は、相談できる同期や先輩がいた新人だった頃と比べて、社内に相談できる相手も少なくなります。
相談相手やサポートしてくれる人が周りに少ないと、メンタル不全を起こしやすくなります。
そうした、管理職の人は「捉え方を変える」ことが重要な対処法になります。
ネガティブな性格(捉え方)の人はメンタル不全に陥りやすい傾向があるので、そうした人は考え方のクセを変えていき、ストレス耐性を高めていく必要があります。
当病院でも、即時性の高い対策として「捉え方を変える」ことを推奨しています。
例えば、不本意な異動があったとき。
そのことでストレスを受けないためには「その異動先で想定していなかったメリットも得られるかもしれない」と発想を転換する必要があります。
近年は捉え方を変えるための研修が数多くありますね。
全員が簡単に会得できるというものではありませんが、「捉え方は変えることができる」ということを知っているだけでも、大きな強みになるはずです。
例えば、『嫌われる勇気』などで話題になったアドラー心理学は、まさに「捉え方を変える」ことで不安や劣等感を克服させる学問であり、ストレスを弱める即時的な効果が期待できます。


――それでも捉え方を変えられずに悩んでいる人はどうすればいいのでしょうか。

勝院長: 捉え方をなかなか変えられない人は「気分転換」をしっかりすることを意識してください。
生活の柱が「仕事一本」になってはいけません。
そうした人は仕事がうまくいかなくなったとき、「自分の人生はダメだ」と心が折れてしまうかもしれませんので。
趣味だったり、家庭だったり、生活の中に仕事以外の柱(仕事を忘れられる時間)をできるだけ多く作ってくだい。
もし1つの柱が傷ついて倒れてしまったとしても、他の柱が自分を支えてくれます。
体を休める時間よりも、仕事以外の何かに没頭する時間をしっかり確保することが、メンタル面では重要になります。


ITmedia ビジネスオンラインより


気分転換な。

僕も、そろそろ必要なのかも。

  


Posted by いもやん at 08:39Comments(0)